(設問1)フィリピン人夫婦の離婚 |
設例 |
日本人男X(独身)はフィリピンパブでフィリピン人女Yと知合って結婚することになったが、Yにはフィリピンにフィリピン人夫Zがいることが分かった。Zは家出して別の女と再婚しているという。Yは、Zはすでに再婚しているので、自分の再婚に問題ないというがXは一抹の不安がある。X,Yは結婚できるのか。 |
回答 |
1: まず、Zがすでに再婚しているというのが問題である。フィリピン人同士は離婚できないので※(注1)、再婚といっても事実上の重婚である※(注2)。フィリピンには戸籍の制度が無い(日本のような厳格な戸籍制度は日本と朝鮮、台湾、中国しかない)。だから黙っていれば結婚許可証(Marriage Lisence)が発行され、重婚は可能である。このようなことは少なくない。Zもこれであろう。或いは、結婚手続きはせずに内縁関係かもしれない。この例も少なくない。⇒立法者はカトリックの教義に忠実に従って離婚を禁じた。立派だと思うが、現実にそれでいいのかが問題である。
また、実際はY、Zの婚姻は破綻してなくてYの仕送りでZ、子供、一族が生活していることが多い。Xに貢がせるために嘘を言っていることが多いので注意が必要である。小職はお見合いの仕事もやっているのでよくフィリピンに行くが、妻が日本のフィリピンパブで働いて仕送りをしており、夫・子供はそれで生活(夫は無職)という家庭を少なからず見ている。
|
2:本件では、YがZを相手に婚姻無効の訴えを起こし婚姻無効判決を取れば(annulment)(比家族法36)、民事登録所に登録され(比家族法52)、その後Yは再婚できる(比家族53)。判決までに1年近くかかり、一度は原告Yの聴聞もあるのでYは一旦帰国しないといけないであろう。Yが超過滞在(オーヴァーステイ)であったりすると次に日本に来るときに上陸拒否期間(原則5年間)※(注3)の問題があるが、この点は弊サイト「偽装結婚の法律研究」の(2)の設例に対する回答3.「(5年間の上陸拒否)」の所に詳しく解説している。また、Yの再婚禁止期間の問題もあるが、これについては、詳細は同じく弊サイト「国際結婚の法律研究(2)女の離婚・再婚、再婚禁止期間」の所の解説参照。
本問では超過滞在はなくYは裁判の聴聞のために帰国し、そのままフィリピンにいるとして以下論じる。プロモーションとの契約もちょうど切れたと仮定する。
なお、フィリピンでの結婚手続きについては、弊サイト「国際結婚の法律研究(3)フィリピン人との結婚手続き」に手引き販売のお知らせをしているので利用されたい。 |
※(注1)※
わが国の裁判所がフィリピン家族法の規定自体を法例33条により公序良俗違反とすることはできない。Y,Zがともに日本に生活しておりフィリピンとのつながりが希薄であるといった事情があれば(例;夫婦とも永住の在留資格があり今後も日本に在留するつもりで、フィリピンには特別な利害関係は無い)、我が法例33条(公序良俗違反の外国法の適用排除)によりフィリピン家族法・民法を排除し、日本民法によりY,Zの離婚を認める余地がある(木棚照一編「演習ノート国際私法」改訂第2版法学書院2004年P.40,41、松岡博・岡野祐子執筆)。本問ではそのような事情はない。Y,Zの離婚を認めない結果がわが国の公序良俗に反するかどうかが問題なのであって、離婚を認めない法制自体を問題にするのではないのである(山田りょう一「国際私法第3版」、有斐閣2004年P.448、折茂豊「国際私法(各論)(新版)」昭和47年、有斐閣P.299,300)。
※(注2)※
たとえMarriage Lisence の申請書の公示期間中(10日間)に異議が出されても、地方民事登録官(Local Civil Registrar)が裁判所の差し止め命令を申請・取得しなければ、結局Marriage Lisenceを発行しなくてはならない(比家族法18)。この差し止め命令の例を小職は寡聞にして知らない。
※(注3)※
入管5条1項9号ロ,ハ,ニ;悪質10年間、出国命令該当者1年間、通常5年間 |
|
3:日本で婚姻無効判決を取れないか?
Q1; |
1年近くかかるというのではX,Yとしても何時結婚できるか分からないので、日本で裁判を起こしてもっと早く判決をもらえないかと思うのでは。 |
A1; |
その気持ちは無理もないことです。この裁判は弁護士に金をばらまくようなものです。判決文を読んでも(弊職は翻訳を何件かやっています)定型的な文章(長文ではあるが)でこんなものにどうして1年以上の期間、多額のお金(弁護士報酬)(50,60万円以上。フィリピンでは上級サラリーマンの年収)がかかるのか!もっと安価に早期に判決が出れば事実上の離婚状態にある多数の国民が救われます。これができないことによる精神的・経済的損失は計り知れません。ただ日本で裁判を起こすのは問題があります。この点は従来稿では触れてなかったので今回('07/1更新)説明します。 |
Q2; |
それはどういうことか。 |
A2; |
国際裁判管轄権の問題です。一般には被告Zの住所国(フィリピン)に裁判管轄権がある。ただ、原告Yが遺棄されたとかZが行方不明その他これに準ずる場合はわが国裁判所にも管轄権がある(最判昭39・3・25判時366・11)。また、フィリピンで訴訟を起こすにつき法律上・事実上の障害があるかどうかも考慮される(最判平8・6・2民集50・7・1451)。 そこで本件の場合ですが、Zは従来の住所を出て行って帰らないということですが、Yも今は日本に居て、従来の住所にはいない。しかも在留資格は興行で3,6ヶ月しかないので日本に居所はあっても住所があるとは言い難い。単にフィリピンの訴訟が1年近くかかる、高いというのでは、「フィリピンで訴訟を起こすにつき事実上・法律上の障害がある」とはいえないのではないか。 |
Q3; |
それは「事実上の障害がある」といえるのではないか。このサイトの■偽装結婚の法律研究の(3)子供が生れたらの4.(胎児認知)の説明文Bには類似の訴訟(嫡出否認)の説明があるが、日本で訴訟(家事審判)をやったほうがずっと安く、短期間でできる(家審法23条の審判)。これを救済することこそ国際私法生活における正義公平の理念に合致するのではないか。 |
A3; |
そうもいえますが、仮に日本の裁判所で婚姻無効判決が出てもフィリピン法で認められるかの問題もあります。フィリピン法で認められなくてはYに対して婚姻要件具備証明書(フィリピン総領事館発行)が出ないので、X,Yは日本で結婚できないことになる。 |
Q4; |
その点は裁判の前にはっきりしておかないといけないが。 |
A4; |
フィリピン総領事館(大使館)に聞けばいいが、面倒くさい(難しい問題なので)のでだめというかもしれません(一般に彼らの執務態度は良くない)。裁判の判決が出てから聞いた方が良い結果になるかもしれません(ちゃんと検討する)。何れにせよ、X,Yよく相談の上決めてください。 |
|
|
(設問2)婚外子の国際(渉外)認知 |
設例 |
(設問1)でX,Yは同棲していたので、Yがフィリピンに帰国し、婚姻無効判決が出る前に子Cがフィリピンで生まれた。XはCを認知しCの在留資格(日本人の配偶者等)を確保し、それから婚姻無効判決後Yと結婚したいと考えている。可能であろうか。 |
回答 |
1:Y,Z婚姻中にCが生まれたのでCはYZの嫡出子の推定を受け(比家族法164@)Xの認知は受理されない(日法例17@)。因みに婚姻無効判決の後に生まれた場合でもCはYZ間の嫡出子である(無効婚子の嫡出付与規定、比家族法54、日法例17@))。Cには日本の在留資格が無いことになる。Cを在留資格認定証明書で日本に呼び寄せることはできない。但し、短期滞在ビザで可能かは別問題である。 |
2:母親Yがフィリピン人だからCはフィリピン国籍である(比憲法第4節第1条第2号)。フィリピン在留に問題はない。さて、真実の父親はXだから、表見的父親Zが嫡出否認の訴えを起こし(比家族法170)、それが認められればCは非嫡出子となりXによる認知は可能である。その訴訟はZがCの出生を知ってからまたはCの出生登録から1年以内でなくてはならない(比家族法170@)。Cからは法文上は起こせないように思われるが、これを認める見解がある(Jose N. Nolledo教授、この方はフィリピン憲法の起草委員の1人。詳細は弊サイト「偽装結婚の法律研究(3)子供が生まれたら?の回答3.(嫡出性の排除)」の部分をご覧いただきたい)。故に試しにCからZに嫡出否認の訴えを起こしてみることである。 |
3:上記2でXがCを認知し、婚姻無効判決も出ておればX,Yは結婚し、婚姻準正によりCは日本国籍を取得できる(国籍取得の届出、国籍法3@)。Cが日本国内にいる必要はない(戸籍法102条1項参照)。 |
4:また、以上とは別に、仮にC出生後3ヶ月以内にZが嫡出否認の訴えを起こし、嫡出否認の判決の確定後14日以内にXがCの認知届けを提出すれば、特例的にCは日本国籍を取得できると考えられる(最高判平9・10・17民集51巻9号3925頁)(平10・1・30民五第180号法務省民事局長通達)。尚、期間の点については、本件が海外案件であることを考慮して相当の延長が認められるのではないかと思う。何時まで延長が認められるかは今後の判例の積み重ねを待たねばならない。これに関連して最高判平15・6・12(判例時報1833号、P.37頁以下)は、帝王切開による出産のための療養・夫の所在不明のため、子の出生後親子関係不存在確認の訴えの提起に8ヶ月余を要し、親子関係不存在確認の判決の確定した4日後に認知届が出された場合に、生まれた子に日本国籍を認める。 |
※(注4)※
あきらめないことである。 |